映画監督は残念ながら筋道がある職業ではありません。 分かりやすいパターンとしては ◆1 テレビ局に入ってテレビドラマ監督(10年ほどかかる)から映画の企画を出す ◆2 助監督としてアルバイト的に一番下から初めて、現場を積み重ねて映画監督になる(15年程度かかる) ◆3 自主映画を撮っていってメジャーに進出する 経済的に最も恵まれているのが1ですが、テレビ局は普通にバラエティとか音楽番組とかに飛ばされるので、自分でキャリアを選べません。 2は昭和っぽい徒弟制度の中で、パワハラを20年ほど耐え抜かなきゃいけません。 今の時代iphoneでも撮れるんですから、まずは短編映画をさっさと撮ってみてはいかがでしょう?
映画会社の製作本数の減少ですね wikiの情報だと東映は1960年には年間で170本映画を作りました。2日に1本のハイペースです。 仮に製作期間が2週間(これでも短いですが)だとすると、常に7本を製作中な計算になります。 工場じゃないですが、これでけ大量につくるとなると品質維持や納期のコントロール、要員の確保をスムーズにするためには、仕事量はが常に一定量ありますので監督を社員として雇った方が効率的です。 その後製作本数がどんどん減るなかで要員も減少、優秀な監督は独立していったため、外部から起用する方がスタンダードになっていった流れです。
映画全盛期と言われる1950〜1960年頃くらいまでの映画は、映画会社が製作費を出し、映画会社所属の役者やスタッフが映画会社専用のスタジオで撮る「撮影所システム」というやり方が主だったので、監督志望の人もまずは映画会社に就職し、助監督経験を何年が経たのち、監督になるというのが一般的だったのです。 もちろん最初の監督作が不評だった場合は、また助監督に降格させられたりしたそうで、助監督全員が監督として定着したわけではなかったようですが。 しかし60年代の急激な映画館入場者の激減から「撮影所システム」は崩壊し、70年代になると当時ロマンポルノを作っていた日活以外の各映画会社は助監督の募集をやめてしまった(その後、東映など募集を復活したケースもある)ので、映画監督志望者の道は閉ざされてしまいます。 https://www.toei.co.jp/company/press/1211001_2819.html その後は、自主映画出身(大森一樹監督など)、CF(コマーシャルフィルム)畑出身(大林宣彦監督など)、タレント出身(北野武監督など)、テレビドラマ出身(五社英雄監督など)など、異業種出身の監督が主流になったため、監督になりたい人が進むべき王道がなくなっています。 今も自主映画、CF、テレビドラマ業界などが映画監督への近道みたいになっているような気がしますが、その業界に入れば確実に監督になれる保証はなく、どの業界でも助監督やAD(アシスタント・ディレクター)は想像を絶する激務なので、この段階で挫折する人が多いはずですし、とりあえず映像を作る制作会社などに入って激務に耐えながらチャンスを待つ以外に監督になる道はないような気がします。
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