「家に至りて、門に入るに、月明ければ、いとよくありさま見ゆ。」 の箇所で、辞書(旺文社全訳古語辞典)の訳は「我が家について、門を入ると、月が明るいので、とてもよく(庭の)ありさまが見える。」となっているのですが、 学校の授業で、「入るに、の『に』は単純接続の接助の『〜と』の訳じゃないよねー。「門に入ると月が明るい」だと、門に入る前でも月は明るいんだから変だよねー。「に」は格助詞だよねー。」と言われました。 私は、「門に入ると、家の様子がよく見えた」という認識で、「月明かければ」はあくまで家の様子がよく見えた理由なのではないか、と思っていました。 辞書の訳でも単純接続で訳されていますし、文法書(新しい古典文法)の接続助詞「に」のページでも帰京の「門に入るに…」の文が例文として出ています。もちろん文法書でも単純接続で訳されています。 なぜ先生は「入るに」の「に」が格助詞だと言っているのでしょうか。
「に」が単純接続の接続助詞なら、「門に入ると、」と訳すし、 「に」が格助詞なら、「入る(連体形)」は「準体法」だから、「とき」などの体言を補って、「門に入るときに、」と訳す。 「門に入ると、」と「門に入るときに、」とでは状況が違う。 「門に入ると、」・・・「すでに門に入っている」 「門に入るときに、」・・・「門に入る瞬間」 この状況の違いを踏まえて、あなたの先生は一般的な「接続助詞による解釈」ではなく、「格助詞による解釈」を採用して、以下の解説をしたのだろう。 「入るに、の『に』は単純接続の接助の『〜と』の訳じゃないよねー。「門に入ると月が明るい」だと、門に入る前でも月は明るいんだから変だよねー。「に」は格助詞だよねー。」 納得できないのなら、納得できるまで先生に質問をすればよい。 学校の試験では、文法書や辞書に先生の教えとは違うことが書いてあったとしても、理不尽だと思うかもしれないが、先生の教えが正解となることを忘れずに。 「門に入るに、」が学校の試験で出題されたときに、「文法書や辞書や知恵袋の回答が接続助詞だったから」という理由で、「に」を「接続助詞」と解答した場合は、「私の授業を聞いていない生徒、私の解釈を信用していない生徒」と先生に判断されて、不正解となる可能性が高いだろう。
丁寧な回答をありがとうございます
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