解決済み
>客がレジで、「カードはご利用できますか?」 「謙譲語」は、話し手自身(および自分の側)のことをへりくだった気持ちで言うことで、相手(話題の人)に敬意を示す表現。 (話題の人物を持ち上げるために自分側のことをへりくだって言い表す表現) 動作を表す言葉を「お(ご)~する、お(ご)~いたす、お(ご)~申す(申し上げる)、お(ご)~願う、お(ご)~いただく」で挟んで作ります。 「ご利用できますか」の「利用できる」は、たとえば「運転できる」は「運転する」の可能表現というように、「~できる」は一般に「~する」の可能表現ですから、「お/ご~できる」は「お/ご~する」の可能表現、つまり謙譲語の可能表現です。 「利用する」は、客(聞き手)の動作ですので、自分の動作をへりくだる謙譲語は「ご利用する」となります。 謙譲語の形では、「ご利用する/ご利用いたす/ご利用申し上げる」などになりますので、「ご利用する」の可能形「ご利用できる」→「ご利用できます」、その疑問形である「ご利用できますか?」 は謙譲語の形になります。 ただし、「利用する」かしないかは、相手と関わりなく自分側だけで行為が完結する場合ですので、「お/ご」を付けないのが慣用になっています。 ○「カードは利用できますか?」 が客がレジの係に尋ねる場合の言い方です。 「お/ご」を外せば、謙譲語「お/ご~する」の形ではなくなり、単に「丁寧語」表現になります。 「利用できる」かできないかはシステム(仕組み)の問題であり、利用するかしないかは自分が決めて行うことで、相手を高める必要はありませんので、謙譲語を使うことはありません。
質問・依頼など、相手のリアクションを求める場合、自分の側の動作に「ご」をつける敬語表現は「謙譲語」と見なしにくく、そのことが違和感の正体であると思います。 もう少し突っ込んで言うと、自分のその動作が「相手に対して向いている」場合は、謙譲語表現として成り立ちます。「お持ちしましょうか?」「ご同行いたしましょうか?」などがそうです。その動作の目的というのが、明らかに相手に対して行われているとわかるので、こういう場合のみ「謙譲語」は無理なく成り立ちます。 一方「ご利用できますか?」は、質問をしているだけで、相手に対して向いているわけではありません(相手のためにやっているわけではない)。だから「謙譲語」として成り立ちにくく、違和感を覚えるのでしょう。
1人が参考になると回答しました
利用できますか?ですね。
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